「もっと巨乳っぽい声で」って、そんなに酷いことだったかな(『それが声優!』)。 [アニメ周辺・時事]
今更感あるけれど、本放映も終った今の方が賛否どちらにしろ冷静な反応もあるかと思って…
もう先月のことなんだが、CS局で溝口健二のドキュメンタリーを無料放送していて、ぼくはぼんやりとそれを見ていた。
番組は有名なゴダールの「溝口、溝口、溝口」から始まって、溝口が理由も説明せずに・執拗にNGを出し続けるエピソードが紹介されていた。
ぼくは、メモ代わりに以下のようにツイートしておいた。
『祇園の姉妹』の1シーン「まァ待ちいな」という一言に何度もNGを出す。
— 坂井哲也 (@sakaitetsu) 2016年6月5日
俳優に具体的な指示を与えなかった。何時間もNGを出し続け、困り果てた俳優が「どうすればいいか教えてください」と言ったら「私は俳優ではありません」と答えた。
— 坂井哲也 (@sakaitetsu) 2016年6月5日
ぼくはこのような、監督によるヒドいエピソードが好物だ。
勿論、役者当人にとっては「好物」じゃ済まないだろうが、あいにくとぼくはただ鑑賞して・消費していくだけのブタである。
だから『蜘蛛巣城』で黒澤が三船に本当に矢を射かけたとか、『秋刀魚の味』の編み物をするシーンだかリンゴの皮を剥くシーンだかで小津が岩下志麻さんにリテイク100回出したなどのエピソードが大好き。
失礼承知で言うと、イカれてやがんな、と笑ってしまう。
ヒッチコックの「私は『俳優は家畜だ』とは言っていない。『俳優は家畜のように扱われるべきだ』と言った」という台詞も好き。
また今村昌平の『人間蒸発』のどうかしているエピソードの数々を読んだ時には心底こんな職場は嫌だと思うと同時に面白く思い、ひょっとしてネズミと懇ろになるのも計算の上で露口さんがキャスティングされたのではあるまいかと思うに至っては・今平は人でなしだな、とすら思える。
しかしその「どうかしている」感は、それこそ黒澤の「あの雲をどかせろ!」といった虚々実々のエピソードとなり、映画を彩るエッセンスの一つとして消費されていく。
このブログを日頃から読んでいる方々に向けて言えば、それこそ実はガセであった、富野が阪口さんを鉄拳制裁したという「伝説」が流布するのと同じように。
で、『それが声優!』の話題に移して
このような考えだから、『それが声優!』で、音響監督が「もっと巨乳っぽい声で」と指示を出したのに本気で嫌悪感・不快感を抱いた人がいるのに、ちょっとビックリしたんですよ。
togetterもあるけれど。
主に批判の理由としては「巨乳のような声などないのに、それを新人声優に指示するとは」「それを当たり前としてなんとも思っていない業界ヤバイ」「辛くて見ていられない」とか、そのあたりだと思う。
このような意見が出る原因の一つは、『それが声優!』の原作者が実際に声優である浅野真澄さんであり、「声優当人による業界もの」だったからだとも思う。
忖度するに・そして上記のtogetterで紹介されている浅野さんのツイートを見るに、作者は「こんな無茶ぶりもあるのですよ! ヒドイよねーあっはっは」的なノリだと思うのだが、それに対してやれ業界がだのこんなのはオカシイなどと真面目な方向に反応してしまうのは、
ぼくは風俗に行って嬢に「こんな仕事は良くない」旨の説教を始めるのと同じようなものだと感じていて、「そういうの望んでないよ、嫌われるよ、ただ抜いてスッキリすりゃいいじゃん」と思うのだが、これは人それぞれの嗜好なので言ってもせんないことかもしれないね。
当時、ぼくはツイートではもう少しお上品に、こう呟いていた。
あと、あのアニメで「社会の厳しさを感じる人がいる」ってことにビックリだわ。動物園見て、そんなこと思うの?
— 坂井哲也 (@sakaitetsu) 2015年7月26日
「声優さんも大変だねー」「どの仕事もやっぱり難しいことあるよね」で終らないところが、皆さん考えが深いというか、なんというか…
ちなみにBSのクイズ番組…か? まあいいや、クイズ番組『ダラケ!』の「美少女ゲーム声優」回では、これまで演じた恥ずかしいシーン・困ったシーンとして3人の声優さんが
「土佐犬に犯されるシーン」
「チアガール風に男性の下半身を応援する」
「口が詰まっているはずなのに、息が苦しい死んじゃう窒息死しちゃう、それを饒舌に語る」
などをあげていた。
いっそのことここまで突っ切っていれば、件のシーンも笑いのみで批判は生まれなかったかもしれないね。
なお長くなるので一行でやめるが、勿論実際には「巨乳の女性の声」など存在しないが、「巨乳の女性をイメージさせる声」(当然演技で求められるのはコレ)も存在しないという意見には、ぼくは簡単には与しない。
「老婆を連想させる声」「疲れているんだな、と思わせる声」などがあることに反対する人はいないだろうが、その遠い遠い延長先に「巨乳の女性をイメージさせる声」があるやも知れないことを、演技の可能性を素人のぼくは容易く否定できぬ。一行で終らなかった。
件のシーンだけではないだろうけれど
さてつまりは、巨匠達のエピソードの数々を他人事として楽しんでいるぼくは、件のシーンに悪い意味での引っ掛かりは感じなかった。
で、ぼくとは逆の人達がいることにちょっと驚いたのだが、ある有名女性声優さんのツイートを読んで、「あのアニメを辛くて見れないという人は案外多いのかもしれぬ」と考えを改めた。
その方は、浅野さんに気を使いながらも、辛くて見れない旨のツイートをしていたから。
まあ、当事者、その業界の中にいる人だからね。
一般の人は、あのシーンを何故そんなに不快に感じたんだろうね。上司や先輩に不条理な要求をされたことを思い出したとか?
どうしても・無理矢理ぼくがこの作品で「辛さ」を感じるとしたら、それは主人公が「長年仕事していけるのは難しい(そういう業界構造)」と言われるところ。
ぼくも根なし草で将来なんか見えない仕事だからなあ…
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