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『リスアニ! 「ガンダムシリーズ」音楽大全』で、やっと「STAND UP TO THE VICTORY 〜トゥ・ザ・ヴィクトリー〜」の作詞共作の流れが判明した [富野監督関係]

 どうも。

 今回はすでにTwitterで呟いた内容をもう少し詳しく。

 『リスアニ!』の「ガンダムソング特集」が先日届きまして。


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 ぼくは赤しか買いませんでしたが…


 そこで早速、ぱらぱらとめくって川添智久さんのところだけ確認した。
 『Vガンダム』のOP『STAND UP TO THE VICTORY 〜トゥ・ザ・ヴィクトリー〜』についてのインタビュー。

 そのインタビューでは富野監督がまず歌詞を提出して、そのあと川添さん側(みかみ麗緒さん)が直した・共作にした経緯が書かれていました。 

 良かった……20年ぐらいかけて、ソース取れた(笑)。

 Googleで検索しても、「STAND UP TO THE VICTORY 〜トゥ・ザ・ヴィクトリー〜」でどのように歌詞を共作したか、ほとんど出てこないと思うんだよね。
 富野監督が先なのか、とか、何故、とか。

 たぶん、ヒットするのはこちらの記事『井荻麟作詞論 第39回「STAND UP TO THE VICTORY 〜トゥ・ザ・ヴィクトリー〜」』くらいかな、と。

 で、このリンク先の記事では、書かないでいてくれているけれど。
 「インターネット上で見られる記述」として引用されている、


「(最初にあがってきた歌詞が)行け行けガンダム~、みたいな歌詞だったので変えてもらった」旨の発言を(川添さんが)している。


 って引用文章、書いたのは15年ほど前の俺なんだよね(笑)。

 そのブログ記事自体は、内容が古くなり過ぎたのと、今回とは違う部分でファクトチェックしきれない箇所があったので、今は未公開にしているけれど。


 で、このエピソード。大昔に、何かの音楽雑誌かなんかで読んだものなんですが。

 後年、確かめようと思ってネットで調べても、何の情報も出てこないし。
 記憶違いだっただろうか、と、ずっと気にしていたんだよね。

 もう1つ、俺の記憶の中では、川添さんが「ソロアルバムでアニソンっぽい曲が何曲かあったから、オファー来るんじゃない? って話していたら、本当に来た」みたいな話をしていて。

 ただこれ、調べてみると、ソロアルバムの発売が1993年3月5日、『機動戦士Vガンダム』放送が同年4月2日。

 1か月しかないよ? だから、これは俺の記憶違いかと思って(結局この点は、俺の記憶違いか否か、今も分からず)。


 それですっかり、「富野監督が書いてきた歌詞を、川添さんの要望で合作にした」が本当の記憶かどうかも、自信無くしていたんだよね。


 しかし今回の『リスアニ!』の記事で、明言されていて良かった(笑)。

 富野監督が書いた「いけいけガンダムみたいな歌詞」が、「バンバンバンバン バンババン」だったのも判明したし(笑)。

 そういえばこのインタビューで、驚いたことが1つ。
 『STAND UP TO THE VICTORY 〜トゥ・ザ・ヴィクトリー〜』、音楽に興味のない俺でもお名前を存じ上げている青山純さんが参加していたとは。





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古(いにしえ)の「ガンダムSF論争」を再構築する13のフラグメンツ [富野監督関係]

 タイトル通り。

 偉そうになってしまうが、評論っぽく名前はすべて敬称略にしている。

 散逸している事実と論の断片を集めた文章なので、「だ・である調」と「です・ます調」が混在している。


断片1-1

 SF作家・高千穂遥が『ガンダム』について書いている一番最初の文章は、ぼくが知る限りでは『SFマガジン』1979年7月号の「SFレビュウ」コーナーである。

 『ガンダム』はちょうど放送中。この「SFレビュウ」を書いた時点では、『ガンダム』5話目まで放送されている旨の記述がある。

 「SFレビュウ」の内容は、ロボットアニメはおもちゃを売るためのアニメなのだから「SFなんてひとつもない」としつつ、『ガンダム』は「そんな状況の中でがんばってるンだなア」と高評価している。

 ちなみにこの「SFなんてひとつもない」は、当時放送されていた作品のことであり。
 もちろん「アニメ技術だけでは今より劣っても、豊田(有恒)さんや平井(和正)さんが参加していた作品の方が、ずっとSFとしても作品としても際立っている」と指摘している(カッコ内はブログ主)。

 他にも、


ロボットも『宇宙の戦士』からヒントを得て、大型の強化服として扱っている。
安彦がキャラクターデザインだから申し分なし。
『2001年宇宙の旅』越えを言っている富野監督の意気込みよし。


 とおおむね誉め言葉が並んでいる。


断片1-2

 ただこの「SFレビュウ」の時点から、「スタッフ全員がSFファンでないから難点もいろいろ多い」とは指摘している。

 高千穂はガンダム企画時にサンライズから声をかけられて、内部事情を知っている。
なので「あとは、つまらない注文をつけてくるスポンサーやテレビ局をどう撃退していくかが課題」と、今後の展開を予言するかのような記述もある。

 そして注目すべきは終盤。
 スポンサーに負けそうになったら番組を打ち切る覚悟を持つべきだ、とスタッフにはっぱをかけた後、「それが唯一、アニメにSFを取り戻す道なのだから」とある。

 『ガンダム』にSF復権の思いをのせているのだ。
 この思いが後の、特に『ロマンアルバム』での酷評に繋がるのではないか。

 なおここは推測なのだが、そもそも当時のSFマガジンにTVアニメを取り上げることは、普通だったのだろうか。
 もしかしたら、ちょっと場違いなのに、「それでもなお」とふんぎるほど、高千穂は『ガンダム』に思い入れがあったのかもしれない。


断片2-1

 『OUT』昭和55年4月号に、高千穂の「ガンダム雑記」掲載されました。

 なおこの特集では、川又千秋も評を寄せています。

 川又は『ザ・ウルトラマン』と比較して、コンセプトが「メカ・ロボットでいかにすさまじい戦闘が展開できるか」に集中している点で『ガンダム』は優れている、と論じています。

 ドラマ重視の富野にはおそらく・決して嬉しくない誉め言葉だろうけれど(ちなみに富野は『ザ・ウルトラマン』にもコンテで参加している)。


断片2-2

 まず「ガンダム雑記」の中で高千穂は、「SFに厳密な科学的正確さを要求するものではない」「作品の優劣の問題ではない。単にSFであるか否かについてのみ語っているのだ」と読者へ念押ししている。

 その上で、SFがSFたる重要なエレメンツとして、

「SFとしての発想」
「SFとしての思想」
「SFとしての理念」

 をあげている。

 さらに具体的に「SFとしての思想」を語る中で、最終回に高千穂いうところの「幼稚な善悪」の概念を持ち込んだザンボット3を、「SF作品として」否定している。
 そしてあのラストシーンをもって、富野の「SF的限界」も指摘している。


断片2-3

 しかし高千穂は否定しつつも、

「よりSFたろうとする努力がメインスタッフの間には、はっきりとみられた」
「(第1話試写のあと)SFのけっさくとなりうる要素を秘めた作品と評した」

 とプラスの評価もしている。

 ただ文章の後半では、

「(5話以降は)SFになりきれないのである」
「セリフはいたずらに饒舌で、退屈をきわめた」
「見るのをやめた」

 と続く。

 しかし、ニュータイプを出すなら『継ぐのは誰か?』と匹敵するアプローチが欲しい、という一文に、高千穂のガンダムに対する大きい期待や愛情を感じ取れる人もいたはずだ。

 けれどもここで高千穂は、後に自身が指摘する事実を見落としていたか、まだ知らなかったように思う。

 それは「SFファンとアニメファンは違う」ということだ。

 結局アニメファン…いやガンダムファンの視線は、前述した難点の指摘や、「『ガンダム』も偉大な失敗作だったようだ」の部分にしかいかなかったのだろう。

 なにせ最後には、高千穂はガンダムファンへお願いをしているのだ。
 ガンダムが打ち切りになってしまったのはおもちゃが売れなかったからだ、ファンはスポンサーのおもちゃを買ってほしい、と。

 どうでもいい作品のファンに対して、こんなお願いをする必要はない。
 正直、文中の「見るのをやめた」も怪しいくらいだ。実際、短い文章である「ガンダム雑記」だが、その中でも「偶然」に5話目以降の「再会、母よ…」と「ククルス・ドアンの島」を見ているのだから。

 なお後の富野の発言を鑑みると、「よりSFたろうとする努力がメインスタッフの間には、はっきりとみられた」とする高千穂の発言は、梯子を外された感がある。
 「メインスタッフ」から富野を除外するなら別だが。


断片3

 「ガンダム雑記」には、読者からも反論があったようだが、同じSF界からも反応があった。

 『SFマガジン』1980年5月号の「SFレビュウ」には、鏡明の『機動戦士ガンダム』が掲載されている。
 これは、小説版『ガンダム』へのレビューである。

 「ハードSFの傑作」との噂を聞いた鏡は、小説版『ガンダム』を読む。

 その結果、「ハードSFでも、傑作でもない」と結論しつつ、「この作品の三分の二あたりまでは、ちょっと興奮して、読ませてもらった」「このような形のスペース・オペラが存在するのだ、という、考えてみれば当然のことを思い知らされたからだ。そして、それは、明らかに、日本独自のスペース・オペラになる」と一定以上の評価を与えている。

 そしてTVアニメがSFに与えた影響も考える時期にきているのでは、と書いたうえで、この小文を下のように結んでいる。


 高千穂遥あたりに書いてもらいたいジャンルだ、唐突だが、そう思った。本当に、どうして、彼は、この手のものを書かないんだろう。そうすれば、ぼくの言う意味も、少しはわかってもらえるだろうに。


断片4-1

 日本文壇に論争がつきものであるように、SFも文壇の一翼なのだから、いや新興ジャンル故に、日本SF界でも論争はありました。
 日本SF界は、日本SF作家クラブができる昭和38年前後から、SFへの批判と反論の歴史である側面があるのです。

 三島由紀夫の『美しい星』(1962年、UFOをテーマにした小説)に対し、江藤淳は「SFが通俗小説であることは、それが科学という固定観念を前提にしているからである。しかし、「美しい星」の中では、火星も、金星も、いわば占星術的な光を帯びて輝いている」とSFを批判しています(江藤は『美しい星』は称賛しています。また、「疑似科学」ではなく「科学」を「固定観念」と批判している点にも注目です)。

 また、吉田健一(キンゲやGレコの吉田さんじゃないよ)による「外国の小学生が熱中するものに日本のおとながわれを忘れるような時代は……こないに決まっている」や、

 矢野健太郎による「Sの部分を――現在の科学の進歩に基づいたものにし、それに近い将来はかくもあろうという程度のFを加えた、そうしたSFであってほしい」といった批判もありました。
(以上の引用部分、全て長山靖生著『日本SF精神史 幕末・明治から戦後まで』河出ブックス、2018年より。なお江藤、吉田、矢野3氏の批判を取り上げているのは、おそらく福島正実が1963年に書いた『未踏の時代』で名前をあげているからだと思います)


断片4-2

 SFへの批判に対し、当然擁護の論陣も張られます。

 しかしその批判・擁護どちらもが、「科学」に重点を置いていることに異議を唱えたのが、『壁』『砂の女』などで有名な安部公房です。

 安部は「両者ともに、まず疑似科学を否定しようという態度においては、完全な一致をみせている」が、「『正しい空想』だとか、『誤った空想』だとかいう、固定観念から飛躍してこそ、SFのSFたるゆえんも生じてくるのではあるまいか?」と訴えています(『SFの流行について』)。

 もう1つ、安部公房の「SF、この名づけがたきもの」には、現在にも一部のうるさ型に通用する箴言が収録されています。

 安部はまず、トーマス・マンの小説に「ライオンに名前がなかった頃は、ライオンは怖るべき超自然的な存在だった」旨の記述があったことを紹介します。
 その上で、日本における「SF小説」もライオンのように名前が付けられ、可能性を閉ざしかけているのではないか、と危惧しているのです。

 安部は次のように読者に呼びかけます。
「自分の頭の中にある、SFのイメージと一致しないからといって、駄々をこねる鼻たれ小僧みたいな真似は、どうかつつしんでいただきたい」

 話は少しそれますが、この文章、「SF」を「ガンダム」に置き換えると、『Gのレコンギスタ』放送開始時のいろいろを思い返す人もいるのではないでしょうか。

 そしてもっと前、『Gガンダム』の時には、ぼく自身が「名前を付けようとしていた」鼻たれ小僧だった自戒もあるのです。

(この章、巽孝之編『日本SF論争史』勁草書房、2000年より引用) 


断片4-3

 さてSF界の住人である高千穂にとって、「ガンダム雑記」は過激でも何でもない、通常の批判、議論の文章だったでしょう。

 「ガンダム雑記」にしても、後の「SFを考える」にしても、かなり「分かりやすく書いた」感があります(特に「SFを考える」)。

 しかしアニメファンはナイーブだったのか・議論慣れしていなかったのか(議論好きじゃないアニメファンが多いのは、今も続いている気がしますが)・はたまた単純に年齢が幼いのか、あの内容でも「ガンダム雑記」も「SFを考える」も刺激的だったようです。


断片5-1

 『OUT』は昭和56年2月号で、高千穂の「SFを考える~巨大ロボットアニメを軸として~」を掲載。

 「ガンダム雑記」の反響を受けて書かれたものであると思われる(冒頭でその反応について言及している)。10か月あけての「続編」である。


 この中で高千穂は「ガンダム雑記」について、


山浦や富野からは御礼のようなものを言われたが、手紙できた一般読者からの反応は、「SFがどういったものか分からない」旨が多かったと書いている。「ガンダムの悪口を書いた」と誤読した人もいる


 と反応を書いている。


 しかしこの誤読は、当時「SF」になんらかの権威を見出していた(そしておそらくはSFに詳しくない)層にとっては、当然帰結すべき結果としての誤読なのである。

 この文章の中で高千穂は、『ガンダム』だけではなくこの論争にありがちな、そして現在でも例えば『彼方のアストラ』で見かけた

SFとは何か
どのような作品がSFか
なぜSF好きは「この作品がSFだと分かるのか」
ガーンズバックなどのSFの歴史
自分がSFにこだわる理由
サイエンス・フィクションという名称は誤解されやすい

 などについて、おそらくは小学生~中学生を想定して、まさに手取り足取りといった噛み砕いた文章で解答している。

 アニメファンに興味を持ってもらうように、『コンバトラーV』に出てくるガルーダの母星の海や大陸には、キャンベル一家の名前が使われている、というトリビアも織り込んでいる。この文章では触れられていないが、なにせまんま「キャンベル星人」だしね…

 ちなみにこの文章に出てくる古道具屋の修行の話、富野も「呉服屋」として後年言っている(SFに関してではないが)。


断片5-2

「SFを考える~巨大ロボットアニメを軸として~」は、「高千穂先生」による「SFの授業」が続く。

 ハインラインによるスペキュレイティブ・フィクション(SF)=思弁小説についても説明し、こう続ける。


SFという名称ひとつに、これだけの配慮が払われていることを知って下さい。(中略)中身を良く理解してから使うべきだとは思いませんか。心が広いとか狭いとか、そんなレベルの話ではないのです。


 この文章にもある「心が狭い」は複数回出てくる。
 おそらく、「ガンダムをSFと認めないなんて、あなたは心が狭い」との批判があったのだろう。

 SF者ではない私にも、「アニメファンにもSFを知ってもらいたい」という高千穂の熱意が伝わってくる、真摯な文章だ。おすすめのSF小説リストをつけているほどなのだ。


断片5-3

  「SFを考える~巨大ロボットアニメを軸として~」は後半になってからやっと、『ガンダム』に触れ始める。

 『ガンダム』はSFではない、理由は富野監督にSFマインドが希薄だったから、スタッフにもSFマインドがなかった、SFから逸脱した部分に焦点が合ってしまった、などなど。

 しかしここでも充分なフォローはある。

 富野にSFマインドはないけれど、SFの理解者ではある。
 巨大ロボットもの、あるいは宇宙戦争ものとしては、割にうまく処理されていた。

 さらに「SFの人間ではない富野さんは、SFから離脱してはじめて、創作における自由を手に入れたのかもしれません」の一文は、まさにSF者でないと出てこない指摘だろう。


断片5-4

 高千穂との対談をはじめ、自著でも富野はSFが分からないことを認めている。

 しかし手塚漫画を読んで育ち、ゴジラをはじめとする日本の特撮映画に不満を持っていた富野が、少なくとも当初は内心どう思っていたのか? それは分からない。


断片5-5

 正直今「SFを考える~巨大ロボットアニメを軸として~」を読むと、これで「論争が起きるか?」と疑問になる文章である。

 これで論争が起こるとしたら、考えられる理由は3つしかない。

 文章を読んでいないか、読んでも理解できないか、「SFであること」に価値を見出してこだわっている層がいるか、だ。


断片6

 高千穂自身は『アニメ・マンガ・戦争 安彦良和対談集』(2005年、角川書店)の中で、この「ガンダムSF論争」について、「OUT」81年2月号の「SFを考える~巨大ロボットアニメを軸として~」が発端だったと語っている。

 ここで高千穂は「SFである事に、作品としての価値なんてないよ」と、SFである=作品の高評価、の図式を否定している。これは、論争当時から高千穂が言い続けている「但し書き」である。

 一方で安彦は、その点には同意しつつも、あの論争によって、ガンダムの「SF的な価値」は減じたと指摘している。

 なおこの対談では、安彦は「ガンダムはSFではない」は「OUTでの1回きり(「SFを考える~巨大ロボットアニメを軸として~」のこと)」と理解(発言)している。

 が、そこに関しては明確に否定しておく。
 「ガンダム雑記」はもちろん、また『ロマンアルバム』での解答も、おそらく「SFとして」の文脈であるはずだからだ。


断片7

 双葉社『グレートメカニックG』2017年秋号では、ザンボット3の特集。

 高千穂もインタビューされていて、「でも僕は、ロボットアニメは大好きです。リアルにSFやったら怒られるけど、その分やりたい放題やれるからね。その中で、どう理屈をつけるかが富野さんだし、いかに面白い活劇を作るかが長浜さんだったんです」と言っています。

 リアルSFやったら、誰に怒られるんだろう? 面倒くさがるスタッフ? 意味の分からないスポンサー?


断片8-1

『アニメック20号』(81年10月号)では、特集「SFアニメとは何か?」が組まれた。

 高千穂はこの中で「僕の作品がSFの入門書になってくれたら…」を書き、「作品の良し悪しはジャンルで判断できるわけじゃないでしょう」と書いている。再三の記述である。

 また、重要な指摘もある。

 それは「SFファンとアニメファンははっきりと違っています」だ。

 高千穂に寄せられたガンダムファンの反論(「論」にはなっていないものが大多数だろうが)は読めないので、推測するしかない。

 しかしいろんな人の文章から、ある程度は推測はできる。
 おそらく、後の富野・高千穂対談や安彦・高千穂対談を読むに、「ガンダムはSFだ!」と反論する趣旨が多かったのだろう。

 そこには意識する・しないに関わらず、「SFであること」に何かしらの価値を見出している根本がある。


断片8-2

 『アニメック20号』の特集では、宮武一貴もインタビューに答えている。
 高千穂と同じ「スタジオぬえ」所属で、富野作品にも参加しているデザイナーだ。

 この中で宮武は、高千穂が「解り易い噛んで含めたような」正論を書いたにも関わらず(宮武は「正論」と書いている)、ファンの反応が感情的だったことに絶望している。

 その中では、「『富野さんをいじめないで!』というムードのファン達には論理的思考という物がまるで理解できないのだろうか」とまで書いている。余程だったのだろう。

 高千穂さんも、富野に請われてプロレス技の名称一覧を書き出したり(ギャラ出たんだろうか…)、貴重な『宇宙の戦士』をサンライズに貸して無くされたり、何より小説版『機動戦士ガンダム』出版に尽力しているのに、「いじめている」と思われるとは同情を禁じ得ない。

 敬称略で統一するはずが、心情的に「さん」付けになってしまった…


断片8-3

 先の文章で宮武は、「ともかく、SF人間には、SFをやっていない人間に対し百万言を費やしてなお説明し得ない」と相互理解を諦めたうえで、「何でSFをアニメの価値判断の基準として要求してくるんですか」と編集方針を批判している。

 これは後年、安彦・高千穂対談で、高千穂が言う「SFであるかどうかと作品評価は別」と同じことである。

 なお富野はこの特集で、「現代SFアニメ考--いまさらレッテルに反逆する必要もあるまい?--」との見出しのインタビュー(手記?)を寄せている。
 富野自身が冒頭で書いている通り、表題と副題だけで内容がだいたい分かる文章である。


断片9-1

 SFファンとアニメファンについて。

 この手の「作品〇〇はSFか否か」という論争は、時折起こっている印象がある。

 近年では2016年、劇場版が星雲賞を受賞したことをきっかけに、ネット上で「ガルパン(この記事を読んでいる皆さんには説明不要だろうが、『ガールズ&ドパンツァー』のこと)はSFか?」という議論らしきものが起こった。

 しかしここでは、「SF」の捉え方について、ガンダムの時代とは大きな隔たりがある。

 日本の本格的TVアニメシリーズの第1作は『鉄腕アトム』であった。
 そして『鉄人28号』に続き、平井和正原作で・平井や半村良、豊田有恒などのSF作家が脚本で参加した『エイトマン』が放送されている。

 「日本のSFTVアニメーションの流れを論じることは、そのまま、日本のTVアニメの本流を論じることと同じだと、言えるのではないか」(横田順彌著『SF大辞典』1986年、角川文庫。引用の文章は徳木吉春)とまで密接な関係があるSFとアニメ。

 この歴史を知っていれば、高千穂がSFマガジンで「それが唯一、アニメにSFを取り戻す道なのだから」と、「取り戻す」という言葉を使っているのも納得いくだろう。


断片9-2

 しかし、勿論両方のファンもいるだろうが、「アニメファン」と「SFファン」のマインドには、大きな距離があるのではないか。

 かつては宮武一貴がアニメファンに伝えることを諦めたように、ガルパン時には山本弘がいらだったように。

 しかし変わった点もある。
 SFが浸透し、それがSFとすら認識されないほど当たり前の存在になった現在では、「SFであること」に価値を見出している人はほぼいないだろう。
 『ガルパン』をSFと思っている人も、いやSF作品と呼ぶには…と思っている人も、それによって作品の価値が増減するとは考えていない。
 SFであろうがなかろうが、「ガルパンはいいぞ」と思っているのだ(駄作と思う人もいるかもだが、その理由が「SFでないから」と考える人はほぼいないだろう)。

 しかしガンダムの時代には、高千穂自身が文中で否定しているにもかかわらず、「SFであること」が重要な要素だ、と捉える向きがいた、ということだろう。

 「ガルパンを選んだのは星雲賞の売名行為」との(的外れな)意見は出ても、当時「ガンダムを批評したのはSF界の売名行為」という意見はなかったのではあるまいか。鬱陶しいと思うファンはいただろうが。


断片9-3

 けれども一方で、ガンダムの時代にも、そしてガルパンの時代にも変わらない要素がある。

 それは、(ぼくのような、と付加しておこう)「SFファンではない」層が、議論に参加しては「SFだ」「SFではない」と参加している点である。

 ガルパンの星雲賞受賞が話題になった際、この点について山本弘は「検索してたら、星雲賞は選考委員が決めるものと思ってる人が何人も見つかって、苦笑してる。まあ、そういうことを言う人は、100%SFファンじゃないけどな。」
「擁護しているはずの人たちでさえ、「学園艦周りの設定はSFとしか言いようがなかった」とか「「謎のカーボン」がSF認定されたってことなんだろうか」とか、見当違いのことを言い合っていて、読んでてイライラしていた。」

 とツイートしている。

 実はこの点は、ガンダムの時代と全く同じ。

 1981年に『月刊OUT』誌上で行われる富野・高千穂対談でも、富野が全く同じ指摘をしている。


断片10

 昨年くらいにTwitter上でちょっと話題になった、TV版『ガンダム』ロマンアルバムの発売は1980年7月。
 「ガンダム雑記」の3か月後、「SFを考える~巨大ロボットアニメを軸として~」の前年である。
 ここでは、高千穂と光瀬龍がかなりガンダムに批判的であった。

 高千穂は「(100点満点で)2・68点」「浅薄の一語に尽きる」と散々。

 光瀬も当時溢れていた、非科学的で戦争物である必然性のないロボットアニメの「愚かさの頂点」と一刀のもとに切り捨てている。「このような作品が真にブームを招くようなら、それこそアニメ産業は終りだろう」とまで指摘している。

 ちなみに光瀬は、富野作品では『トリトン』についても別なところで言及している(古沢由子著『海のトリトン』の彼方へ』風塵社、1994年)。

 そこでは「トリトンは繰り返し青春の夢と挫折を綴っていた」と指摘したうえで、こう続けている。


 物語そのものが私の記憶に残るものではなかったとは言わないでおこう。(中略)。あの戦争と、戦争が終わった後と、二つの時代によって完全に自らの青春時代を分断され、否定された五十歳の男にとっては、夢や挫折は問いかけの領域ではなく、極めて簡単な方程式に過ぎないからだ。


断片10-1

 ロマンアルバムにおける評価は、光瀬はそのまま『ガンダム』に対するものであろう。

 しかし高千穂は、富野がガンダムの小説版を出す際に、朝日ソノラマとの橋渡しをしている。

 「2・68点」のアニメを小説化するのに手を貸すとは思えないので、おそらくロマンアルバムでの寸評は「SFとしての」評価であろう。
 念頭には、「ガンダム雑記」からの流れがあったに違いない。

 だが(文章スペースが少ないとはいえ)そのことには一切触れていないので、普通に「ガンダム批判」と読まれても仕方ない一文ではある。


断片11

 1981年には、『月刊OUT』4月号で「高千穂遙vs富野喜幸デス・マッチ対談」が実現している。

 「ガンダムがSFか否か論争」は、この対談で終息したと見るのが一般的だろう。

 しかし煽ったタイトルとは裏腹に、内容は穏当そのもの。始まりはティーンが多い読者・視聴者を富野がたしなめるとでも言うようなもので、さらに富野は「こちらも正直、被害者であると同時に、高千穂遙という立場でも被害者の部分があるでしょう」と発言している。

 この対談の序盤で問題になっているのは、やはり過剰反応した人たちの、「SF的知識の無さ」である。
 しかもそれを指摘しているのは、高千穂ではなく富野である。

 富野はあるSF大会で、


「あなたが読んだSFの本を3冊上げて下さい」という項をつくっておいたらそこに、「機動戦士ガンダム」って書いてあったって言うわけね、一冊だけ。


 と言って以下のように続けている。

 「やっぱり僕は、ぼくの書いたものをそうやって一冊あげてもらったからうれしいとはねえ、ちょっと簡単には思えないのね。SFというのは、ちょっと違うよって」

 この後2人は、近年まで続く「SFもジャンルの1つにすぎない」との意見で一致を見ている。


断片ナンバリングなし

 もうそろそろ終りだが、ここでぼくの立場も明確にしておこう。

 ぼくは富野好きだけれど、ぼくより詳しい人はたくさんいる。

 アニメオタクではない。名乗るにはオタクの方々に申し訳ない。

 さらにSF者ではまったく、ない。ぼくはSFに限らず、本を読まない。

 「あなたが読んだSFの本を3冊上げて下さい」と言われたら、無論小説『機動戦士ガンダム』は読んでいるけれど、白紙で提出することになる。恥ずかしがり屋ではある。

 例えば100軒しかラーメンを食べていない人間のラーメンベスト3に、価値はあるだろうか?


断片12、欠番

 『ガンダムSFワールド』(講談社、1981年)「日本SFアニメの不幸 高千穂遙に九つの質問」(資料手持ち無し)。


断片13(最終)

 富野の自伝『だから僕は…』では、SFに無理解であることを富野自身が語っている。
 平井も豊田も手塚のコピーくらいに思っていた、との記述もある。

 この本は81年発行なので、おそらく書いていたのは前年、ちょうどガンダムSF論争が起こっていた頃ではないか。
 だから「この歳になって高千穂遥なんて若造にバカにされずにすんだというものだが」(角川書店スニーカー文庫版)なんて文章が出てくるのだろう。

 ちなみに「ガンダムはSFか否か論争」の富野からの最終的答えは、個人的には『だから僕は…』に記されていると考えている。

 以下に引用する文章は、豊田有恒についての文章でありながら、「この歳になって高千穂遥なんて若造にバカにされずにすんだというものだが」の直後に出てくるので、私の考えもあながち大外れではないだろう。
 次の文章である。


 僕の場合は、SFを知っている以上に重要なのが、作品のドラマとしての仕上がりなのだが不幸にして、このレベルでの作品のあらわれ方を問題にする人は、僕らの世代ではいないのだ。ことに、SFっぽい部分のからみが出た作品であればあるほど、SFかそうでないかという判定の話に終始して、作品の評価がすべてすんでしまう。
 が、僕にとっては、SFかどうかというのはあまり重要ではなく、ドラマとしてどうだったのか、という単純なレベルで考えていて、作家(クリエイターと一般的に呼んだ方がいい)が、どのような切り口で物語り得たのかという入口の問題などはどうでもいいことなのだが……と、やはり、僕はSFを意識しすぎて、嫌っているのかな?









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