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シャアロック・アズナブルの事件簿『茶髪連盟』 解決編 [その他]

※読まれる前に。
 シャーロック・ホームズの有名な『赤毛連盟』のパロディです。
 元文は青空文庫のものを使用しています。
 犯人の物語上の位置などは、『赤毛連盟』と同じにしているので、未読でこれから読むつもりの人は、当記事は読まない方がよろしいかと思います。
 では、お楽しみ下さい。



 前回までの大雑把なあらすじ。

 貧乏パイロットのアムロ・レイは、セイラ・マスのすすめで「茶髪同盟」の欠員募集に応募し、合格した。
 ビルの一室で「モビルスーツ百科事典」をただただ書き写す純真なアムロ。

 しかし数週間後、部屋の入口には次のように書かれたボール紙が貼られていた。

茶髪連盟は解散する。
0079年*月*日


(続き)

 シャアロック・アズナブルと私はその素っ気ない声明文と、その向こうにいる残念そうな顔の少年を比べ見た。
 我々の思考回路は緊急停止した。

 事件があまりにも滑稽だったからだ。我々2人はこらえきれず、大きく笑い崩れてしまった。

「どこが、何が面白いんですか!」と依頼者は叫んだ。本来白い顔が紅潮していた。

「ぼくを笑うしか能がないなら、どこかよそへ行きますよ」

「いや、いや」アズナブルは半ば腰を浮かした依頼者を制し、椅子に押し戻した。
「こんな事件を、みすみす世間の人間に放っておけますか。すがすがしいくらいに特異な事件です。しかし失礼しますが、幾分、愉快な点があるのも確かです。
 扉にあったカードを発見して、あなたはどう行動されたのかお聞かせ願えないでしょうか」

「そりゃあアズナブルさん、仰天しましたよ。何をしていいかわかりませんでした。
 とりあえず同じ建物の事務所という事務所を尋ね回ったんですが、どうも誰も知らないようなんです。
 最後に一階にすんでいる管理人の所へ行きました。その人は会計士なんですけどね、茶髪連盟はどうなったんだ、て聞いてもそんな団体、聞いたこともないって言うんです。じゃあ、フラウ・ボウって女は知っているか、と聞いたら、そんな名前、初耳だ、って答えたんです。

 ですから、『そんなことないだろう、ほら、4号室の女性だよ』って言ったんです。

『え、茶髪の方ですか?』

『そうそう』

 すると、管理人はうーん、とうなるんですよ。『その女性の名前はマチルダ・アジャンといいまして、運搬業者なんですよ。あの部屋は、新しい部屋を借りるまでの仮事務所なんです。つい先日引っ越しましたね』

『どこに行けば、彼女に会えるんですかね?』

『なら、新しい事務所に行くといい。住所は聞いていますから』

 ぼくはそこで聞いた場所へ向かいましたよ、アズナブルさん。でも、その住所には膝当ての製造工場があるだけで、フラウ・ボウもマチルダ・アジャンも、誰一人として知りませんでした」

「それからどうなさいましたか?」とアズナブルは先を促した。

「ベルファストに停泊しているホワイトベースへ帰りました。セイラさんに相談してみたんですけどね、手の打ちようがないって。ただ、待っていれば手紙でも届きますよ、アムロさん、ってそれだけ言うんです。
 でもね、ぼくは…心の収まりがつかないんですよ、アズナブルさん。こんな…仕事がふいになろうっていうときに、手をこまねいてなんかいられないんです。だから…だからですよ、あなたが困った人の相談にちゃんと乗ってくれる、ちゃんと手助けしてくれる、っていう人だと聞いていたから、ぼくは一目散にやってきたわけなんですよ」

「たいへん賢明です」アズナブルはアムロ氏にそう答えた。
「あなたの事件は、常識の域を超えた事件です。喜んで調査しましょう。話から察するに、見かけによらず、たいへんゆゆしき問題となりそうです」

 アムロ・レイ氏は熱くなり、「ゆゆしき…もちろん! ぼくの、ぼくの大事な4ポンドが!」

 アズナブルはアムロ氏の態度にたいして、こう意見した。
「あなた個人として、その異常な連盟に不満を抱く、それは筋違いというものです。わたしなら逆に、ざっと30ポンドは得をした。モビルスーツ百科事典の詳細な知識を手に入れただけでも充分なのに、と、そう理解しますね。連盟からは、失ったものより得たものの方が多いはずです」

「そうかもしれませんが、アズナブルさん。ぼくは彼女を見つけだしたいんですよ。何者で、どうしてぼくにあんないたずらを…もし、もしいたずらとしたらですよ、その目的が知りたいんです。まぁ、いたずらにしちゃあ金を使いすぎですが。ぼくに32ポンドも使っているんですから」

「そういう点は、明らかにして差し上げます。しかしその前にアムロさん、二、三お尋ねしたいことがあります。最初に広告を見せに来た、その店員、いつ頃から働いていますか?」

「その1ヵ月くらい前です」

「どのように?」

「求人広告を出したら、やって来たんです。」

「来たのは彼女一人?」

「いいや、12人くらいおりました」

「ではなぜ彼女を?」

「使えそうで、それに給料は安くても構わないって言ったものですから」

「つまり、半額と」

「ええ」

「セイラ・マスの風采は?」

「小柄ですが、どこか品の良さを感じます。地球生まれか、そうでなくても名門の出だと、ぼくは思っているのです。金髪で、美人ですよ」

 アズナブルは椅子から身を乗り出した。どうやら心が高揚しているようだ。「彼女はまだホワイトベースにいますね」

「ええ、いるでしょうね」

「あなたの留守中も、訓練に精を出しているのですか?」

「はい、文句の付けようもないほどに。それに、一日中訓練をするわけじゃありませんし」

「よくわかりました。アムロさん、一両日中には意見をお知らせしましょう。今日は土曜日、ですから月曜までには解決できることと思います」

 こうして、我々は訪問客を部屋から送り出した。

「さて、ドレン」アズナブルは私に話しかけてきた。「今の、君はどう思う?」

「さっぱりだ」私は率直に答えた。「たいへん…謎めいた仕事だな」

「概して、」とアズナブルは切り出す。
「奇想な事件ほど、解ける謎は多いものさ。ありふれて特徴のない犯罪が、真に我々を悩ませる。それはまさしく、ありふれた顔が見分けにくいのと同じだ。しかし、この事件に関しては迅速に動かねばなるまい」

「これから、どうする?」
 と私が尋ねると、アズナブルはこう答えた。

「考えよう。これから、30分間は話しかけないでくれ」

 アズナブルは椅子に座ったまま身体を丸めた。足を抱え込み、やせたひざを仮面の近くに持ってくる。
 仮面に覆われた顔で、そこだけは見える目と口は閉じられている。アズナブルは眠りこけたのだ、と思った。自らも、うとうとしだした時であった。アズナブルは突然、椅子から飛び起きた。どうやら結論が出たようだった。

「今日の午後、ギレン・ザビの演説がある」とアズナブルは言い出した。「どうだろう、ドレン。2、3時間もらえるか?」

「今日は一日あいているよ」

「帽子をかぶって、来たまえ。アムロくんを追い抜きたい。きっとギレン閣下は愉快な演説をするだろう。一杯飲みながら聞くのにはぴったりさ。―さあ、行こうか」

 我々はキュイで港まで行き、さらにマッド・アングラーに乗り換えてベルファストまで向かった。

 ベルファストの港からしばらく歩くと、停泊中のホワイトベースに着いた。白い軍艦で、あちらこちらが傷ついていた。よほどの激戦をくぐり抜けて来たのだろう。あの茶髪の依頼人が働いている軍艦だ。アズナブルは検問場所で、セイラ・マスを呼ぶように言づけた。あまり待たないうちに、頭の良さそうな女が出てきた。

「どうも」アズナブルは多少の謝罪を入れてから、「アムロ・レイさんに会いにきたのだが、いますか」

「今は不在よ。後ほど来ていただける?」女は手短に答えると、艦の方へ戻っていった。

「頭の切れる女だ、あいつ」アズナブルは呟いた。我々は立ち去ろうとしていた。

 アズナブルは話を続ける。「私見だが、彼女は抜け目のなさで、ぼくの知っている中では4番目だ。大胆さにおいては3番目と言ってもいい。彼女とは、多少のかかわりがあってね」

 私は口を挟むことにした。
「うむ。アムロ氏が雇った部下か。茶髪連盟の謎に、一枚かんでいるにちがいない。君があんな事を尋ねたのは、彼女の顔が見たかっただけなんだろう?」

「顔もだが、それだけではない」

「では何だい」

「手のひらさ」

「で、どうだった」

「予想通り。擦りむけていた。随分と操縦捍を握っていたんだろう。
さて、ドレン。私たちの仕事は終わった。今度は気晴らしの時間だ。サンドウィッチとコーヒー一杯で一息つこう。それからバーでジオンの国へ行くのだ。ギレンの威勢のいい演説を笑って聞いていれば、茶髪の依頼者に難題をふっかけられて煩うこともなかろう」

 我が友人はジオン信奉者(ジオニスト)だった。また自身も有能な指揮官であり、類い希なパイロットでもあった。

 夕方はずっとバーのテレビに近い席に座っていた。大きな幸せに浸り、ギレン閣下の演説に合わせ、その長く細い指を静かに揺り動かしていた。

 この時の静かな微笑は、獲物を追うときのアズナブルや、怜悧で容赦なく敵を追いつめるモビルスーツパイロットとしてのアズナブルとは、似つかぬものに思われた。

 時に私は考える。

 彼という特異な人間のうちには、この二種の気質が交互に現れるのではないか。百発百中の推理というのは、時折アズナブルの心を支配する詩的で瞑想的な気分に対する反動ではなかろうか。
 この気持ちの切り替わりが、アズナブルをけだるさの極地から飽くなき活力へと導くのだ。

 私は演説に心酔しているアズナブルを見て、冒険の果てに捕らえられるべき犯人達にはやがて、凶事が舞い込むであろうと感じた。

「君は家へ帰りたいと思っている。そうだろう、ドレン」バーを出ると、アズナブルは私の心境を当ててみせた。

「ああ、その方がいい」

「僕は少々時間を食う用事がある。ホワイトベースの事件は深刻だ」

「どういうことだ?」

「大それた犯罪を企んでいるやつがいる。だが食い止めるだけの時間はある。確信できるだけの根拠もある。今晩、君の手を借りるかもしれない」

「何時だ?」

「10時くらいで充分だろう」

「では、10時に落ちあおう」

「頼む。あとドレン、少々危険かもしれないから、君の軍用リヴォルヴァをポケットに忍ばせておいてくれたまえ」

 アズナブルは手を振り、きびすを返すと、たちまち群衆の中へ消えていった。

 私は、自分が周囲の人より頭が悪いとは思っていない。
 だがシャアロック・アズナブルと接していると、いつも自らの愚鈍さを感じ、憂鬱になるのだ。

 今回の件でも、アズナブルが見聞きしたことは、私も同じように見聞きしている。
 それでもやはり、アズナブルの言葉から察するに、アズナブルは事件の経過全体だけではなく、これから何が起ころうとしているかも見抜いているようだった。

 それに引き替え、私と来たら事件の全容がいまだ混沌として奇怪なままだ。
 自宅へ帰る途中、私はずっと考えていた。

 モビルスーツ百科事典を筆写した茶髪の男の異常な話。
 ホワイトベースへの調査。
 アズナブルが別れ際に言った不吉な言葉に至るまで。
 今夜の探検は何を意味しているのか。
 なぜ拳銃を持っていかなければならないのか。
 どこへ行って、何をするのか。

 アズナブルの口振りでは、ホワイトベースの金髪の部下は手強い女らしい。深い企みがあって動いているらしい。

 私は謎のパズルを解きほぐそうとしたが、絶望し、あきらめ、夜になって全貌が明らかになるまでこの事は放っておくことにした。

 私がその夜、家を発ったのは9時15分過ぎであった。アズナブルの部屋に入っていくと、アズナブルは2人の男と熱心に話をしていた。

 一人はかねてからの知り合い、警視庁のランバ・ラルだった。もう一人は細身で、三白眼の男だった。嫌みたらしく連邦軍の制服を着ていた。

「さあ! これで全員揃った」アズナブルは皆に呼びかけ、棚から丈夫な狩猟鞭を持ち出した。

「ドレン、スコットランド・ヤードのラルくんは知っているね。こちらにいらっしゃるのはブライトさんといって、今夜の冒険に同伴してくれるそうだ」

「ドレンさん、また一緒に捜査することになりましたな」とランバ・ラルはもったいぶった調子で言う。「ここにおられる友人は狩猟がとてもうまいから、追いつめた後に、引っ捕らえるだけの老犬がいればいいんですと」

「終わってみれば雁一羽、なんてことにはなってほしくないですな」とブライト氏はむっつりと言う。

「なに、アズナブルさんのことだから大船に乗ったつもりで」ラルは自分のことのように、横柄に言ったものだ。
「この人にはちょっと独特の方法があるんですよ。言って気を悪くなさらないといいのですが、あえて言わせてもらいます。少々理屈っぽくて本心を隠すことが多い、けれども、彼は立派な探偵であります。これまでも一、二度ばかりでなく、本職の警察よりも真に迫った推理をなさったんですよ」

「ほう、ランバ・ラルさん、あなたがそう言われるのなら、大丈夫ですね」新参者のブライト氏が敬意をこめて言った。
「艦長のわたしがホワイトベースを離れるのは不安ですが」

「今にご覧あれ、」とシャアロック・アズナブルは言う。「今夜は大きな賭けです。心が昂ぶる勝負です。ブライトさん、あなたの賭け金はガンダムです。とすると、ラル、君の賭けは犯人逮捕ということになる」

「セイラ・マスは殺人犯で窃盗、その上、虚偽の情報を流布しては株価を操作して、利鞘を荒稼ぎしているやつだ。
 若造だが、ブライトさん、やつはその道では右に出るものがいないほどの悪党で、…私はどんな悪党よりも、こいつにこの手錠を掛けてやりたいんです。
 この若造、セイラ・マスは抜きん出た女ですよ。名前は出せませんが、父は大変高名、こやつ自身も名門大学の出です。やつは手先も器用、さらに利発とあって……密告があって捕まえようとしても、いつだって立ちまわった跡だけが残っていて、やつそのものの所在はどこへやらだ! ジャブローで押し込み強盗をしたと思えば、次の週はオデッサで金を騙し集めていたりしやがる。長年、やつを追っているんだが、まだこの目で見た事がない」

「今宵はなんと光栄なことか。セイラ・マス先生を君たちにご紹介できるのだから。彼女とはちょっとした関わり合いがあるが、君の意見に賛成だ。確かにこの道にかけては第一人者である。さて、10時過ぎになりました。出発の時間です。人は先に。ドレンと私は後ろからついていきます」

 マッド・アングラーに乗ると、シャアロック・アズナブルは堅く口を閉ざしてしまった。シートに深く座り、押し黙っていた。
 そうして、我々はついにベルファストへ入った。

「もうすぐだ」アズナブルはようやく口を開き、説明をする。
「あのブライトという男はホワイトベースの艦長だ。この事件に直接利害関係がある。また、ランバ・ラルがいてくれた方がいいと判断した。悪い男ではない…本職では全くの無能だが。まあ、取り柄も一つくらいはあるな。殊に勇敢さはブルドッグのようである。粘り強さもロブスターのようだ。捕まえたものを離さないという点でね。さて、着いたか。前の2人も待っている」

 我々が今朝、出向いた場所だ。我々はブライト氏の案内でホワイトベースの艦内に入った。

 夜の艦内は暗かった。
 導かれながらモビルスーツデッキにたどり着く。3体のモビルスーツがハンガーに立っていた。

「セイラが行動しやすいように、ブライトさんにはクルーに休息を出してもらった。罠という訳さ」とアズナブルは述べた。

ライトを掲げ、周りを注意深く見回した。私達はガンダムのコクピットの前に待機した。

「まだ余裕があるようだ」アズナブルはみんなに語りかけた。
「まだ全員が眠りこむ時間ではないからね。だが寝てしまえば、一分一秒を争ってやってくる。仕事を手早く済ませてしまえば、逃亡する時間も長くなるからだ。ブライトさん、なぜガンダムが狙われるか説明してもらえますね」

「連邦の最新鋭機で、戦果もあげているからでしょう」艦長が小声で答えた。
「狙われるかもしれない、という予感は今まで何度もしておりました。私のような若造が艦長の艦で運営するには、すぎた機体です」

「謙遜でしょう」アズナブルは述べた。「目覚ましい戦果ですから。さて、ことが起こるまでの間は、ブライトさん、ライトの明かりを消さなければなりません」

「暗い中で座れと?」

「あいにくですが。明かりを付けておくのは危険です。
 ではまず第一に、僕らの配置を決めておきましょう。不敵なやつらです。袋小路に追いつめても、油断すると痛い目に遭います。私とドレンはこのコクピットの中に隠れますので、あなたとラルくんはそちらへ身を隠してください。それから、僕がやつらに明かりを当てます。みなさんは直ちに飛び出してください。万が一、やつらが発砲でもしたら、ドレン、ためらわずやつらを撃ってくれたまえ」

 全員で配置につき、私はリヴォルヴァの撃鉄を起こした。

 辺りは漆黒の闇に包まれた。経験したことのない完全なる闇。私は神経が徐々に張りつめていった。強い期待と不安。不意に暗く静まったコクピット内。うすら寒くじめじめした空気。
 胸が締め付けられるような感覚……

 ……なんと長かったことか! 後でアズナブルと私のメモを比べると、どうやら1時間と15分しかなかったらしい。
 私は夜も明け、暁ばかりになっていたと思いこんでいたのに。

 私の四肢は疲れのため、棒のようになっていた。わずかな身動きも差し控えていたのだ。
 神経は過度に張りつめられていた。聴力はとぎすまされていた。皆の穏やかな息遣い。大柄なラルの深々と吸い込む息。ブライト氏のため息めいた細い息遣い。

 すると突然、モビルスーツに取り付けられたエレベーターの動く音が響いた。

 音が近付いてきて、止まる。開け放たれているコクピットの前に、2つの人影が立った。

「……誰もいない」先に上がった女がささやく。

「ハッチはあけといたろうね……ん、何! 逃げろ、ミハル、絞り首だ!」

 シャアロック・アズナブルが飛び出した。侵入者の襟首をすばやくつかむ。

 もう一人はエレベーターに戻ろうとしたが、服の引き裂かれる音がした。

 ランバ・ラルが服の裾をつかんだようだ。リヴォルヴァの銃身がきらめいた。アズナブルの狩猟鞭が男の手首に振り下ろされた。拳銃が床の敷石に落ちた。がちゃりと音がする。

「無駄だ、セイラ・マス」アズナブルの穏やかな声。「君に反撃の余地はない」

「どうやらそのようね」相手は極めて冷静に答えた。「でも、私の仲間はうまく逃げおおせたようね。服の端だけをあなたの手みやげにして」

「表には3人の警官が待ちかまえている」アズナブルは告げた。

「へえ、そう。あなた達にしてはよくやったものね。お褒めの言葉を送るわ」

「それをそっくり君に返そう」アズナブルは答える。「君の茶髪連盟、斬新で効果的だった」

「お前もすぐ仲間に会わせてやるよ」ランバ・ラルが横から口を挟む。「手を差し出せ、手錠をはめてやる」

「あなたの不潔な手で、私に触れないでくれる?」我々に包囲された犯人は言葉を吐き捨てたが、すぐに手錠をはめられた。

「あなたは知らないでしょうけど、私の身体には王家の血が流れているのよ。口を利く時には、そう、『どうぞ』とか『恐縮ですが』と言ってくれないかしら」

「わかった、わかった」ラルは目をひんむき、くすくす笑う。「それではまことに恐縮ですが、上へおあがりください。警察署までご案内いたしましょう」

「よろしいわ」セイラ・マスは落ち着き払って言った。我々3人に尊大な会釈をしたのち、警官に身柄を確保され、静かに立ち去った。

 我々は警官の後について地下室を出た。その時、ブライト氏はこう言った。「アズナブルさん、本当に、どうお礼を申し上げていいかわかりません」




「いいかい、ドレン」
 アズナブルは朝早い頃、部屋でブランデーを飲みながら説明するのだった。

「初めから明々白々だった。茶髪連盟の風変わりな広告。モビルスーツ百科事典を筆写させる。この2つの目的は、あのひどく頭の悪いモビルスーツのパイロットを、毎日何時間か留守にさせる、これしかない。おかしな手だ。

 しかしこれ以上の案は思いつかないだろう。考えたのは頭の切れるセイラのやつだ。共犯者―ミハル・ラトキエ―の髪の色を見て思いついたに相違ない。アムロをおびき出すのに、1週間4ポンド必要であったわけだが、ガンダムを奪おうというんだ、そのくらい造作もない。

 そうやって広告を出し、一人は仮事務所を借りて、もう一人はアムロにけしかけて応募させる。2人して、毎朝確実にモビルスーツデッキを留守にさせた。
 僕は部下が相場の半額で来ているという話をきいて、すぐにわかった。女にその立場を得なければならない強い動機があるのだ、と」

「しかし、どうしてその動機がわかる?」

「軍艦で価値あるものと言えば、情報かモビルスーツしかないだろう。しかもアムロ氏は、女がシミュレーターで熱心にガンダムの操縦を覚えていると言っていた。いくらシミュレーターで練習しても、実機に慣れる時間が欲しかったのだろう。ホワイトベースを出て、追っ手を迎撃しなければならないだろうし、敵のザクやグフに遭遇しないとも限らないからね。

 実際に会いに行き、彼女の顔を見た。悪党の1人として、ぼくの方では顔は知っていたからね。それに見たかったのはやつの手のひらだ。君も覚えているだろう? やつの手のひらはすり切れていたことを。何度も何度も操縦桿を握って訓練していた証拠だ。

 これで事件は解決したというもの。演説を聞いた後、君は家へ帰った。
 しかし僕はスコットランド・ヤードに寄り、次に艦長を訪ねた。その結果は君の見たとおりだ」

「だが、どうして今日決行されると?」

「それはやつらが連盟の事務所を閉めたからだ。つまりそれがアムロ・レイ氏が艦内にいても邪魔にならなくなったということだろう? 言い換えれば、ガンダムの操縦を完全に習得したということだ。習得した以上、すぐ計画を実行する必要があった。企みが露見するやもしれない。アムロ氏が警察に行くかもしれない。実際、ぼくのところに来たわけだが。今夜強奪があると見当をつけた」

「快刀乱麻を断つ見事な推理だ」私は心の底から感嘆した。「長い長い鎖が、最初から最後まで正しくつながったよ。」

「おかげで、いい退屈しのぎができた」アズナブルはあくびをしながら答えた。「ああ、もうそいつがやって来たようだ。平々凡々とした生活から逃れようと、四六時中もがいている。これが僕の人生だ。こうしたささやかな事件、それに戦争があると、いくらか救われた気持ちになる」

「そうやって、君は多くの人を救っている」

 私の発言に、アズナブルは肩をすくめた。

「結果として、少しは役に立っているのかもしれんな。『本人などどうでもいい――やったことがすべてなのだ』と、ギュスターヴ・フロウベールがジョルジュ・サンドに書き送っているように、ね」


 

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